憧れと挑戦

看護師が働く場所

 『看護師が働いている場所はどこ?』
そんな質問をアナタがされたら何て答えるだろうか?
大体の人は病院やクリニック、学校の保健室と答える人もいるかもしれない。

アナタが今住んでいる自宅。
そう在宅に通う看護師がいることは知っているだろうか?
そう
訪問看護師。

たった2ヵ月間という短い期間。
20歳の時からなりたかった訪問看護師の仕事をした私の、今日はそんなお話。

 

所長が提示した訪問看護師になるためのたった1つの条件

病院という場所なら、病棟ごとに責任者がいる。師長と呼ばれるが、訪問看護ステーションは事業所になるので、責任者は所長という名前に変わる。
そんな所長との面接は8月の太陽が照りつける日。

「訪問看護師の仕事はやったことないのね。大丈夫よ。どうにだってなるから。やりたいって思ってチャレンジしようとしたんでしょ?大丈夫。あ、でもごめん。これが出来ないと働けないことがたった1つだけあるの。自転車には乗れる?そう、良かった。9月から待ってるね」

訪問看護師の仕事スタート

そうして9月から訪問看護師の私の仕事はスタートした。
電動自転車に乗って、1つの区をほとんどまわる。
『苦手だしできない』とずっと思い込んでいた地図を読むということがたった2ヵ月間でできるようになった。
やってきていないだけで、回数を重ねていないことを苦手なんていうのは違うんだよな。そんな風に思った2ヶ月間だった。

訪問看護師の荷物はとっても重い。
血圧計、聴診器、酸素飽和度モニターに記録をするiPad。爪切りに手袋、除菌シート、ゴミ袋、新聞紙、オムツに栄養剤に点滴のセットに内服薬。カバンを持つというようり担ぐ勢いだ。
大体1週目は先輩と同行して2週目からは1人でほとんどの家の患者さんを担当した。

電動自転車のカゴに入れる訪問看護用のかばん
いつも使っていた道具たち

患者さんのあたたかさ

訪問看護での物理的な大変さは、やっぱり天気だと私は思う。
雨が降っても暴風雨でも患者さんの元へ電動自転車で向かう。視界は悪くなるし、寒いし。道に迷ってもすぐに調べられない状況でも時間内に到着するように頑張って患者さんの家に行く。
とある日。
豪雨で寒い中自転車に乗って私は患者さんのところに向かう。

患者さんは、玄関の鍵を開けられないから私がその患者さんの家の鍵を持っている。
ああ良かった、時間内にたどりつけた。
そう思ったら、いつもは開いていないし玄関を開けることができない患者さんがドアを開けて待っている。

私と目が合うと嬉しそうな顔と心配そうな顔が混ざっていて
「今日こんな天気だから心配してたよ。良かった。来てくれてありがとう」
そうやって迎え入れてくれた。
曜日と時間、いつもの人が家にくる。それだけを毎回覚えていてくれる。
認知症の症状があるからって何もできないわけじゃない。危ないことよりも私を心配して待っていてくれたことに寒さはどこかにいってしまった。

こんな看護がしたかったわけじゃない

訪問看護は1日に5〜6件ほどの家を訪問する。
時間で終わらせることも大切だけど、それ以上に患者さんやご家族からは、時間内に到着することを求められた。


訪問してからずっと小銭を数えている患者さんがいた。
爪は伸びきって、洋服にも食事の食べ残しが沢山ついている。
私はその時次の訪問先がいつもより遠くて焦っていた。
「小銭数えるの後にして、お熱と血圧を測らせてください」

患者さんの顔が変わる。
私は良いから、パスして次のところ行ってちょうだい。急いでいる人を待たせるのは申し訳ないわ。

この穏やかな患者さんの口調で、私はやっと我にかえった。
自分が長年暮らした家に他人が入ることを必要以上に嫌う人もいる。
当たり前だ。
ずっと自分がしてきたことを、他人に崩されるかもしれないのだから。
こんなことが言いたくて、したくて私は看護師になったわけじゃない。

私はソファーに座って小銭が数え終わるのを待つことにした。5回数え終わったところで患者さんが私に顔を向けてくれた。
あら、次のお宅は大丈夫なの?あ。最近爪が伸びてきたのよ。切ってくださらない?

もちろんです。
そう言いながら私は大きいカバンの中から爪切りを取り出す。

ドクターストップ

20歳の時から憧れていた訪問看護師の仕事をしなかった私には理由がある。
私はアレルギー体質で、過去に2回救急車で大学病院に搬送されている。

病院と違って患者さんは住み慣れた場所で過ごす。ペットと過ごしてきた人はペットとずっと暮らすしタバコを吸う人にも制限はない。
ただ訪問中はタバコやお酒は控えていただく決まりがる。

所長と話した時に、ペットがいる家は全部外すから大丈夫だよ。
とそこまで考慮もしていただいた。

ただ。
私の採血結果のアレルギー数値は、どんどん上がっていった。
正直在宅看護は綺麗な場所ばかりとは限らない。ネズミがいる家や、訪問してまず掃除から始める家も沢山あった。

私をずっと診てくれている担当医に言われた。

「訪問看護は患者と1対1でしょ。君に何かあって倒れたら患者さんはどうするの?救急車を呼べる患者さんばかりじゃないし、そんな姿一番見せたくないでしょ?」

ああ
私はやっぱりこの業種は難しいのか
そんな風に思いながら所長に辞めたい理由を説明した。

いつだってアナタは頼りになるし、応援しているよ
そう言って私の手をトントンとしてくれた感触が今でも残っている。

当たり前なんてない

患者さんの家に行ったら、患者さんがいる。
私はずっとそう思っていた。
きっと今時間を使って読んでくださっている方もそう思ってくれる人のが多いと思う。

とある患者さんの家のインターホンを押す。

ピンポーン

その音が部屋に響いている音が玄関越しに聞こえる。
でも
肝心の患者さんが出てこない。
あれ?お手洗いに行ってるのかな?
そう思いながら少し時間を開けてもう一度インターホンを鳴らす。

やっぱり出てこない。
一度ステーションに電話をした。事務さんが電話で

「あ、コンビニにいるかもよ。家の横にコンビニあるでしょ?ちょっと覗いてみて」
そう言われながら電話を切って、コンビニに行くと患者さんがいた。

え。コンビニにいる?え?家で待ってない?
そう思いながら患者さんに話しかけると

「おおー、どうしたんだよ。何か買いに来たのか?」
いえ。違います。今日訪問の日ですよ。

「え?そうだっけ?このお菓子美味しいぞー」
なんだか面白くていつも笑ってばっかりだった。

地震の後の大量の玉ねぎ

10月の夜に大きい地震があった日がある。
次の日の所長から
「若い衆よろしく!」
と朝礼とは思えないような一言で締め括られた。

いろんな家があるので、タワーマンションに住んでいる患者さんもいる。
その日は私が担当で、もしかして・・・?と思ったら当たりだった。
地震の影響で止まったエレベーターの復旧作業は翌日になっても行われていた。

18階まで階段か。
頑張るか。

「今日はもう来てくれただけで嬉しいから椅子に座ってゆっくりしていきない」

そんな風に患者さんに迎え入れられて、次の訪問先に向かう時。

「これくらいしかないけど持って行きなさい。お礼だよ」
玉ねぎを1個患者さんが持っている。

え。いや、大丈夫ですよ。お気持ちだけいただきます。
帰りも階段だろうし、荷物になっちゃうもんなと思っていたら。

「ああ悪い悪い。ごめんな」

あ、良かった。分かってくれた。

「1個じゃお礼にならないもんな。ほら」
ネットに沢山入った玉ねぎと目が合う。これ以上断っていたら次の訪問先に遅れる。

きっと2ヶ月間で一番重かったであろうカバンを抱えて私はタワーマンションの階段をかけおりた。

変えてくれた価値観

患者さんの家にはお薬カレンダーがある家も多い。
毎食後内服できているかを訪問の時に確認する。

いつも残っているのは決まって青い薬。
他のは飲めているのに何でこれだけ飲んでないんだろう?と思いながら、違う袋にその青い薬だけが集められている。
患者さんが私に見せてくれる。
「綺麗でしょ?宝石みたいで」
そう言われて気が付く。

綺麗なものを集めて誰かに見せたいという気持ち。
それを何で飲んでいないんですか?と病棟で問いただしていた頃の私は気付けていたのだろうか。

在宅で過ごすということは、看護師がどうやってそこに介入していくかを常に考えながら看護を提供していくこと。

病院ではなく住み慣れた自宅で亡くなることを選択した患者さん。
その気持ちを最期まで汲み取る覚悟。

たとえご家族や後見人の方がやはり在宅ではとなった時、どれだけサポートができるのか。
絶対に1人はさせない、入院はさせないと言い切れるスタッフの人たちの強さと覚悟に。
ここで働けて良かったと実感した。

患者さんがくれた言葉

ちょっと気むづかしくて、頑固な患者さんも担当だった。
こだわりが強くて、ケアをするにもきっちりルールが決められていた。

そんな患者さんと距離が少し近くなったのはいつからだろう。
足浴(足湯のこと)をしている時に、いつもより冷えていて浮腫んでいることに気がついた。
今日この後私訪問先ないので少しいつもより時間かけてマッサージしますよと言った時、小さい声でありがとうって聞こえた。
本当は今でも亡くなった奥さんに会いたいこと。
コロナで中々人に会えなくなって誰かに対して辛くあたってしまう自分がどんどん嫌になっていったこと。
そんなことを教えてくれた。

今日で訪問看護師として働くのは最終日。
その患者さんに話した。今日で終わりなので次はまた新しい人が来ます。

いつも通り、バケツに温かいお湯をたっぷり入れて足浴をしている時だった。
そうか。
と患者さんはつぶやいた。

まあ、代わりはいくらでもいるしな。アンタが働けなくなったって、違う人が来てくれんだ。でもな。
この季節が来たらまた思い出すんだよ。
こんな看護師いたなって。いっつも笑ってて、元気でさ。


誰かのために頑張れる姿はな、それだけで綺麗なんだよ。



ステーションのみんなが訪問看護師最終日にくれたお花

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