きっと君は、変わるから

休憩室のドアを開けたら、
後輩がうなだれている。

「どうしたの? 今仕事中じゃないの?」
夜勤が終わって鞄をとろうと思ったら、
3年目のいつも元気な後輩が
机の上に身体をだらりとさせている。

その上確か今は仕事中なのに、
休憩室にいる。

「師長に、落ち着いてきなさいって言われました」

私の顔をみないようにしているのは、
多分悔し泣きをしていて
顔を見られたくないからだろう。

後輩は、一生懸命だけど時々仕草が雑だ。
それを患者さんから指摘されることもある。

ナースステーションにあるナースコールボード。
最近いつも同じ所が何度も赤く点滅する。

夜勤から帰るときに師長と同期と目があう。
後輩がうなだれている話をしたら、
うーんと少し困った顔をしていた。

今の病棟には、
何回もトイレに行く女性の患者さんがいる。
1時間に1回ではなく、
1〜5分に1回くらいのペースで
ナースコールが鳴る。
そしてその人は車椅子でトイレに行く。

「うかがいます」
とナースコールをガチャっと雑に切る音。

「またですか?さっきも行ったじゃないですか」

後輩のこの言葉や態度を見かねた師長が
一度休憩室で落ち着いてきなさいと言ったらしい。

最近忙しいし余裕がないのかな。
そう思いながら私は家に帰った。

次の勤務の時、
私がリーダー。
あの日休憩室にいた後輩がスタッフだった。

トイレの回数が多い患者さんを担当しているのは、
師長の考えがあるからなんだろう。

後輩が少しイライラしながら
ナースステーションに戻ってきた。

「もう、さっきトイレに行ったと思ったら
またトイレに行くんですよ。
オムツにするとか。
バルーン(膀胱留置カテーテルと呼ばれる管)とかいれちゃダメなんですか?」

師長がこっちを見ている。
私は師長に向かって瞬きをしたら、
師長からは何も言ってこなかった。

「ねえ、
もうリーダートレーニングは終わってたよね?
明日リーダーやろっ!」

予想しない答えが返って来たのか、
後輩がちょっと戸惑っていた。

後輩がリーダーで、
私がスタッフをすることにした翌日。
後輩がスタッフとケア内容のミーティングをして
医師たちとの治療方針の確認や
薬の依頼などのやりとりをする 。

例の患者さんは私が受け持ちをした。
後輩には、ミーティングの時に1つお願いごとをした。

ナースコールであの患者さんが鳴ったら、
鳴った時間を全部書いておいて欲しい。

スタッフは違う患者さんのケアもあるから、
いつ鳴ったかを全部把握できない。

何でそんなことするんだろう
そんな顔は気づかないふりをして

「よろしく!」

と言って私は受け持ち患者さんの部屋に行く。

ナースコールが鳴ると
持っているPHSにも連動される。

一番多いのはやっぱりあの患者さんだ。

他の患者さんに、
いつも忙しそうよねと言われると
私は、人気者なんです^^!
と笑って答えることにしている。
忙しいと思われて
本当は頼みたいことや言いたいこと。
それが言えない関係性になるのは
できるだけ避けたいからだ。

仕事終わりに後輩が、
ナースコールが鳴った時間を書いた紙をくれた。

「前より減ってきてるね。はいこれ。
最近チーム替えしたから、
あの患者さんあんまり担当したことなかったよね。 今までのトイレに行った時間だよ」

何枚もの紙を後輩に渡す。ナースコールが鳴って、トイレに行った時間を書いてある沢山の紙だ。

確かにさ。
他にも受け持ち患者さんがいて、
トイレ介助に時間がとられて大変っていう気持ち。
それは全員が分かってる。
でもさ。またトイレですか?のセリフって
自分が言われたらどうかな?
私だったらしょんぼりしちゃうし
頼みたくても頼めなくなっちゃう。
車椅子を使えばあの方はトイレに行けるの。
それってすごいことだと思わない?
オムツもバルーンも使わないでやってみようよ」

後輩は何も言わなかった。

それからナースコールに出るとき、対応の仕方。
かなり変わったと思ったのは私だけではない。
そして排泄の機能を勉強してきた後輩は、
分からないことがあると私や同期に質問をしてきて仕事が終わってから休憩室で勉強会をした。

何度もトイレに行きたくなるのは
勿論年齢的なこともある。
そしてすぐに行けるのかという
精神的なものも。

後輩は
またトイレですか?
その言葉で
患者さんを傷つけていたことに落ち込んでいた。

休憩室のカレンダーを見ながら後輩が言う。
「そういえば今度
遠方にいる息子さんとお孫さんくるって
楽しみにしてました」

一緒に休憩室にいた同期が、
そういう話をちゃんと聞いて共有できるの
良いところと褒めたら後輩が顔が赤くなっていた。
さっきは落ち込んでいたのに。
そう思いながら同期と笑う。

トイレに何度も行く患者さんには
車椅子を使って、
トイレに案内することが看護師スタッフ全員の
当たり前になった。

夜勤で出勤したら後輩に呼び止められた。
ああ、
今日はお孫さんたちが来る日だ。

「今日はね、息子夫婦と孫がきてね。
何回もトイレに行かなくてすんだのよ。
前は1時間に何回も行ってて、
沢山迷惑をかけたのに。
オムツとか管とかにしたほうが良いのかなって。
ずっと悩んでたの。
でもそうしたら看護師さんに言われたの。
車椅子に乗ったらトイレに行けるんです。
私たちがいるから大丈夫ですって。
知らないうちにトイレの回数が減っていたのねぇ。ありがとう。久しぶりに孫とゆっくり遊べたわ」

そうやって話していたことを
後輩が嬉しそうに教えてくれた。

孫がくれたのよ、
そうやってお花が飾られていた。

夜勤の休憩中に携帯を見たら
後輩からメッセージが入っていた。

今ある機能を。
その人がもっている機能を。
最大限に活かすことを見失っていた私に、
沢山のことを怒らずに教えてくれて
ありがとうございました。
いつのまにか、その日が無事に終わればいい。
仕事をすればいい。
そう思っていた自分に気がつきました。

先輩、看護って。
こんなに楽しいんですね。

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