看護師にも看取る心の準備が必要だ

テレビから曲が流れてくる。
私はマイさんを団扇で仰ぎながら、他愛もない話しをする。

マイさんはうとうとしながら、時々私がいるか確認してる。
「眠っても大丈夫ですよ」そう言いながらマイさんの腕に触れる。
すーっとマイさんは眠りについた。
そんな姿をみながら、これからどうしたらいいんだろうと、そんなことを考えた。

「先輩、準備できました!」
後輩の元気な声が、ナースステーションに響き渡る。

マイさんは末期癌で入院している。癌の進行が早いのと、癌自体が大きくなりすぎて。
1人でトイレに行くことも歩くこともできなくなった。

28歳のマイさんには1歳の息子さんがいる。
そんな大好きな息子さんを抱っこすることさえ、できなくなった。

そして。マイさんがもうすぐ亡くなることも。マイさん含め、ご家族に告知がされた。

身体を拭くことも髪を洗うことも。着替えることも1人ではできない。
そんなマイさんのケアを看護師数人とするけれど。
彼女はいつも
「痛い痛い。もうやだ、終わりにしてよ」
そうやって泣き叫ぶ。
ケアが終わった後は、誰かがそばにいないと次は寂しいというナースコールが響き渡る。

今日は私がベッドサイドに付き添って、マイさんは眠りについた。

マイさんは日に日に痛みが増してきた。
叫び声が違う病室や廊下にまで響くようになった。

医師にも協力してもらって、できる限りの人数を確保してのケアの時間。

身体が少し動くだけで痛い痛いと泣き叫び、中々先にすすまない。
もう少しで終わるという頃にも

彼女の泣き叫ぶ声は続いていた。

何かできないだろうか。
そんな気持ちは、
私をはじめ看護師のスタッフ全員が思っていた。
カンファレンスでマイさんの治療方針や今後どのように過ごしていくかという話になった。

一緒にケアに入っている医師が

「あんなに痛がっているし、楽にしてあげるためにももっと強い薬を使うのはどう?」
そんな提案があった。
今以上に強い薬を使うということは、マイさんはもしかしたら眠ったままになるかもしれない。

少しマイさんと話しをしたいので待って欲しい。
そう伝えその日のカンファレンスは終了になった。

仕事が終わってから、マイさんの病室に寄った。

「いつも叫んでごめんね。私の方が年上なのに恥ずかしいや」
そんなことを私に言ってくれた。

彼女がベッドの上から動けなくなった時、私に教えてくれたことがある。

歩くこともトイレに行くこともできないなら、せめて家族と最期まで話しをしたい。
息子の成長を少しでもみたい。寝たままでも抱っこだったらできるかな。
マイさんはお母さんの優しい顔をしていた。


「マイさん。先生が痛いのは辛いし苦しいと思うから、もう少し強い薬を使ってみるのはどうかって。
やっぱりケアは辛い時間かなとも思います。
少しでもマイさんの痛みがとれたらいいなって、私達医療者は全員思っています。
ただ。痛みはとれるけれど、今より眠っている時間が長くなります。
もしかしたら、こうやってお話しすることも難しくなるかもしれません」

マイさんの目が少しキツくなる。

「絶対に使いたくない。こうやって皆と話せなくなるんでしょう。そんなの絶対嫌だ。使わないで欲しい」
そうはっきりと言いきった。

自分で自分の治療を選択し最期をどう過ごすか。
28歳で決断できるその強さが、どこからくるのか教えて欲しかった。

また明日と言ってマイさんの病室からでてきた私を後輩が待っていてくれた。
いつも一緒にケアに入る後輩だ。
何か言いたそうな顔をしていて。

どうしたの?と聞いたら。

「私、マイさんのケア辛いんです。マイさんが亡くなってしまうことも。その姿を毎日みることも。
マイさんが嫌いとか、ケアをやりたく無いわけじゃなくて。何にもできない自分が、悔しいんです。
薬で痛みはとれなくても。他に方法はないのかなって。マイさん、好きな音楽聞いてる時なんていうか病室が穏やかな空気になるんです」

看護師だって、人間だ。
患者さんに泣き叫ばれることも、亡くなることにも。
慣れているわけじゃない。


翌日医師には、マイさんがこれ以上強い薬を使うことは望んでいないこと、
最期まで家族と会話をしたいそう希望していることを伝えた。

「治療というよりは、ここから先は看護の力がもっと必要な時期。何かあったらすぐに教えてね」

いつも看護師のことを認めてくれる医師と働けることは嬉しかった。

後輩が話してくれた日。
ケアの時に音楽をかけるのはどうかな

そんなことをふと思って、後輩に言ったら、
やりましょう!
いつもの元気な返事が返って来た。


師長が待合室のCDプレーヤーをケアの時間だけ貸し出しを許可してくれた。
どんな曲をかけるかは、後輩に任せた。
ケアの最初、後輩が曲を流した。

あ、これ。マイさんを団扇で仰いでいる時に、テレビから流れていた曲だ。

マイさんは驚きながら
「私ね、この曲大好きなんだ。ありがとう」
そう言って笑った。

それでも、身体を動かすと痛いし泣き叫ぶことに変わりはなかった。

けれど、マイさんの顔は前より穏やかだった。
ケアが終わって片付けをしている時、
後輩が私に言った。
「マイさんを看取る心の準備って、どうやったらできますか?」
ケアで使った洗面器にはったお湯に、私と後輩の顔がうつって揺れていた。


それから2週間後。
マイさんは亡くなった。

強くてかっこよくて家族思い。
最期まで自分の思いを貫き通した、彼女の顔も声も
私は今でも覚えている。

あの日の後輩の質問を時々今でも思い出す。
すっかり冷たくなった洗面器のお湯を流しながら、
後輩に言った。

「看護師側もさ。患者さんが亡くなることに慣れてる人なんて、いないと思う。少なくとも私はだけど。
慣れてるように見えてるのかもしれないけど。
知ってる? 亡くなる時、最期まで残るのは聴力なんだって。 
返事は物理的にはないかもしれないけどさ。
だからね。 
ありがとうとか大好きとかずっとずっと伝わってるんだよ。

私ね、最初に看取った患者さんのご家族がずっと
“ごめんね“って話しかけてたの。
それがダメなわけじゃないけど。最期に聞きたい言葉って何かなって。
マイさんが亡くなる時、私達が泣いていたら家族が悲しむ時間が無くなっちゃうから。

看取る時にこうしましょうって、教科書には書いてあるけど。それって最低限のことでさ。
患者さんは教科書通りの人なんて一人もいないし。患者さんを知ってるのはやっぱり私達だから。

今日みたいにケアの時に好きな音楽を知っていることだって看護のひとつだと思う。
普段患者さんと関わってさ。どんなことがその人にとって大切なことか知ることができたら。
それを大切にしたいって私は思う。
そうやって少しずつ看取る準備をしてるのかもね。

マイさんのケアの時、いっつも素敵な声かけしてるよね。好きな曲も私は知らなかった。
ケアの時になんて声をかけたらいいか分からなくて、無言になったっておかしくないのに。

もしマイさんが亡くなったあとにエンゼルケアに入るならなんて声をかける?」

マイさんが亡くなった日。
私と後輩でケアに入った。もしかしたら私達がいる日を選んでくれたのかなって。
ぼんやり思った。
後輩がマイさんに話しかける。
当たり前だけど返事はない。

マイさん、このお洋服とっても似合ってます。
口紅はピンクっぽいのが好きでしたよね。
着替える前に、ボディクリーム塗りますね。ちょっと冷たいですよ。

後輩が涙を堪えてる。

「今はマイさんと私しかいないから、泣いてもいいんじゃない?」
後輩が私の顔を見る。
今度は涙が流れていた。
そして今度は、マイさんの顔を見る。

マイさん、私。
マイさんの看護ができて嬉しいです。本当にありがとうございました。

もしあなたが大切な人を看取ることがあるとしたら、
どんな言葉をかけますか?

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