君に、もう一度プロポーズ
「先輩は悲しくないんですか?あんなにいっつも仲良くしてたのにそれって仕事だったからですか?」
後輩が泣きながら私に言う。
今、私は亡くなった方のエンゼルケアの準備をしている。そんな時に後輩が私の元にやってきた。
私はそのとき看護師として働いていて、ひとりの男性を看取った。エンゼルケアというのはいわば死後の処置で身体を綺麗にしてお化粧をする。
泣きながら話す後輩を見ながら私は何も言わずに亡くなった方の病室に行った。
「望月さん、僕のお願いを叶えてくれないかな」
もう話すことのできない身体を拭きながら考える。
桜の季節が過ぎようとしている頃に入院してきた。
とても穏やかで皆に優しくて愚痴一つ言わない。身体が思うように動かなくても
「全く仕方ないねぇ」
そうやって話す方だった。
医師からの話では、病状は進行していてあまり時間がないということだった。
家族に先にその説明がいき、いつもぼんやりと何故最初に本人に話さないのかと葛藤していた。
本人に本当のことを話さないまま、最期の選択ができないこともあることを知っている私はいつも一人で辛くなる。
医師から説明を受けた娘さんが目に沢山涙をためながら、
「一度家族で本当のことを伝えるか話し合います。強くて優しい人だから。母が先に亡くなったとき、とても元気がなくなって。だからまたそうなるんじゃないかなって」
勿論です。分かりました。
そう答えながら、ああやっぱり私はエゴだらけだな。そんな風に思いながら娘さんを見送った。
身体を拭きながら、昔から将棋が好きでよく一人でも指していたこと。
奥さんと待ち合わせの時に心臓が飛び出そうに緊張していたこと。
夜勤の時に月が綺麗だと教えてくれて、それを理由にちょっと僕の部屋で休憩していきなよと笑って話してくれたこと。
私が夜勤明けのときには、次はいつ来るの?気をつけて帰ってちゃんと食べて寝るんだよ。
そうやっていつも笑ってくれた。
沢山私に優しさをくれた人は、もう話せない。
数日後、娘さんが私がいるかとナースステーションにやってきた。
「本当のことを話すことにしました。望月さん、私が泣いて話せなくなるかもしれないから一緒にいてくれませんか?」
そして私は月が綺麗に見える日に、娘さんに同席した。
全部話を聞き終わったとき、もう全部知っていたよ。
そんな顔をしていた。
「望月さん、僕のお願いを叶えてくれないかな」
そうやって話したときに、ほんの一瞬だけ不安な顔をしたのに気がついたのは私だけだったと思う。
やっぱり着せるの少し難しいな。同期を呼んで手伝ってもらう。
エンゼルケアがもう少しで終わる頃、3回ノックの音がする。
師長だ。
「今の時間に行ってきていいわよ」
そう言われて私は一度病室を出る。
お願いごとは2つ
僕が亡くなったとき、タキシードを着せて欲しい。もし難しかったらジャケットだけでもいいんだ。
あとね。これだけは叶えたいんだ。
亡くなったときに、僕の手元に一輪で構わないから花をプレゼントしてくれないかな。
その理由が全部奥さんのためだった。
先にあっちに行ってしまったから。
あっちで他の男に口説かれてるかもしれないだろう?
だから、僕のお世話してくれた子が選んでくれた花をもっていつも彼女が褒めてくれた服を着て。
もう一度プロポーズしたいんだ。
望月さんも他の子たちも、いつも何の文句も言わないでニコニコしながらオムツを替えてくれたりお風呂に入れてくれたね。
土産話がたくさんできたよ。
「すっごくカッコいいですよ」
涙がでそうになって必死に堪える。
手元に花束を置きながら話しかける。
病室に戻る途中に後輩から話しかけられた。
「あの。さっきはすいませんでした」
きっと師長が話したのかもしれない。
私たちは確かに仕事として看護をする。割り切らなければできないことは沢山ある。
亡くなって、悲しくないなんてそんなことは絶対にない。
でも。
私たち看護師が泣いてしまったら、家族の悲しむ時間を奪ってしまう。
少しでも身体のあたたかいうちに会って欲しい。
そうやって望んでる。
タキシード姿に手には薔薇の花束。
今頃どんなデートをしていますか。
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